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時間(とき)の資産 時間使いの達人へのインタビュー時間(とき)の資産 時間使いの達人へのインタビュー時間(とき)の資産 時間使いの達人へのインタビュー時間(とき)の資産 時間使いの達人へのインタビュー
資産は人を語る。どういう人生を歩んできた結果として、今の資産を築くことができたのか。自宅などの「実物資産」、株式や債券などの「ペーパー資産」、資産の形はさまざまだが、そこには確実に、その人の生き方、考え方が表現される。そして、その根底にあるのが、「時間」という資本の使い方。誰もが共通して持っている、でも、着実に目減りしている時間という資本を上手に使った者が、上質な資産を手に入れることができる。そんな時間使いの達人へのインタビュー。今回は、50代半ばにして軽井沢に自宅を造り、活動拠点を移された蟹瀬誠一・令子夫妻に、話を伺った。
蟹瀬誠一・令子夫妻 画像
鈴木 軽井沢と東京に自宅を持つ。なかなか贅沢な話だとは思いますが、新しいライフスタイルとして提唱していきたいとか。
誠一 そうですね。勝手に「マルチハビテーション」なんて言っているのだけれども(笑)。ただ、贅沢とおっしゃいましたが、欧州では普通の所得の方々が、こうした生活をエンジョイしている。ウイークデーは職場に近いところで生活し、休日は自然の多いところで家族と過ごす。人間として有効な時間の使い方だと考え、軽井沢の自宅を建てようと決断しました。
令子 基本的に彼は家を持たない主義だったのですね。借家には借家の良さがあって、常に新しいところに住むことができる。自分でメンテナンスをする必要もない。家賃を払えている限りは、借家住まいも良いものなのですが・・・・・。
誠一 今までは、ローンを払い続けて20年後、30年後にようやく自分のものになるような資産を持つことに対するアレルギーみたいなものがありましたし、六本木のアパートメント生活は、共働き夫婦にとって、時間を有効に活用できるというメリットがありました。今の時間を大切にして、なるべく自分のために時間を使う。それを考えた時、やはり借家が良いだろうと考えたのです。
鈴木 ところが、50歳を過ぎて軽井沢に自宅を建てることを決断されました。
蟹瀬誠一 画像
誠一 人間50歳を過ぎると、家が欲しくなるものなんですね(笑)。仕事が無くなったとしても、最悪、雨露をしのぐことができる。もちろん、都内に自宅を構えるという選択肢もありますが、何しろコストが高い。僕は、自宅というものは建てた時が完成だとは考えていなくて、住んでいる間に、自分にとって過ごしやすい環境を整えていくことによって、少しずつ育てていくものというイメージを持っています。それは、なかなか都心では難しい。でも、一方で仕事もありますから、移動できる距離なども考慮した結果、軽井沢ということになったのです。
令子 まあ、言い出したら聞かない性格ですからね(笑)。軽井沢の不動産屋さんに相談したところ、いくつか土地を見せてくれました。最初に、この自宅を建てた土地を見せてくれたのですが、そこにはもみじの木、こぶしの木が植わっていて、木がきちっと宿っている感がありました。それを見て即決でしたね。
鈴木 自宅という非常に大きな資産を手に入れられたわけですが、お二人ともそれぞれの分野において第一人者でいらっしゃる。そこまでの道のりは、決して平坦だったわけではないと察します。

蟹瀬誠一・令子夫妻 画像
誠一 時間って、誰にでも平等にあると思われがちですが、実はその考え方は大きな間違い。使い方次第で伸び縮みするものなんです。これは、私が今まで知り合ってきた各界の第一人者を見ていても感じます。本当は、非常に過密スケジュールであるにも関わらず、絶対に「忙しい、忙しい」とは言わない。心理的にも余裕がある。もちろん、仕事だけでなく人生を楽しむことも知っている。時間の使い方は大事ですね。
令子 「人生5倍生きているよね」と、周りの人からは言われますが、子供がまだ小さかった頃は、自分自身に実力がないから、それはもう大変でした。でも、こなれてくると、家事も仕事もどんどんこなせるようになってくる。そうこうしているうちに30年が経ち、軽井沢の自宅を手に入れるところまで来たわけですが、あの家は今だからこそ建てられたもので、若い頃には無理でしたね。
鈴木 それは、資金的にという意味ですか?
令子 いいえ。あの家を建てるにあたっては、とても優秀な建築家をはじめとして、大勢の方々が携わっているのですが、若い頃はそこまでの人脈がありませんよね。長い時間をかけて築いた人脈があるからこそ、あの自宅を建てることができたのです。その意味では、自宅という目に見える資産とは違う、とても大切な「人脈」という資産の賜物とも言えるでしょうね。
誠一 金脈にはとんと縁がないのですが、人脈だけはある(笑)。
鈴木 その人脈が目に見えて広がったのは、いつくらいからですか。
誠一 もちろん基礎は昔から少しずつ作ってきていますが、飛躍的に伸びたのは40代からですね。特に50歳になって始めたゴルフがきっかけになって、大きく花開きました。
鈴木 40歳というのは、大きな分岐点ですか。
誠一 それは、やはり本人がそれを自覚するかどうかでしょうね。新しい年代に入った時に、その意識を持つようにすることが、自分を変えてくれると思います。
蟹瀬令子 画像
令子 私は、それまで勤めていた会社の看板をはずして、自分が持っているブランドで勝負してみようと考えたのが40代。その時に気づいたのが、自分の周りにたくさんの人脈が出来ていたということ。それまで蒔いてきた種がようやく芽を出してきました。がむしゃらに働くタイプでしたから、恐らく8割の人は煙たがっていた。でも、残りの2割の方々がよく見てくれていて、それが今の人脈につながったのだと思います。
鈴木 もちろん、お二人とも働くだけでなく、きちっと資産形成も考えて行動を取って来られたからこそ、今があるのだと推察します。
令子 私は株式投資、いっさいやらない派(笑)。
誠一 彼女が貯蓄派で、僕はリスクテイカー。株式投資は若い頃からやっているけれども、それは外資系通信社という、いつクビになってもおかしくない職場環境にいたからです。少なくとも年収分の貯蓄は持っておきたい。それを効率的に殖やすにはどうすれば良いのか。そこで行き着いた答えが株式投資でした。
令子 途中ではずいぶんと大きな損も抱えたようだけど・・・。
誠一 ITバブルの時はかなりやられましたが、結果的に最初の投資資金を守ることはできた。まあ、それでも含み益が完全にゼロになったわけで、あれは本当にバブルだったということを実感した次第(笑)。
鈴木ともみ 画像
鈴木 令子さんは、そういう状況になってもあまりうるさく言わないんですか。
令子 それは彼が自分のお金でやっていることだから、何も言いませんね。恐らく、私がアドバイスをして、とても良い結果になったとしても、彼は納得しないと思いますよ。
誠一 まあ、きちっとボトムラインは設定しているから。それと自分の性格を分析してから投資を行うこと。株価を見るのは毎日15分。それも売買したいと思う時だけチェックするようにしています。悩むのはマイナスの時間だし、時間は有効に使わないと。それは投資でも同じことです。
令子 彼を見ていて、株式はこういう人がやるものなんだと考えることはありますね。個別の株価をじっくりと見るようなことはしないのだけれども、世の中の大きな流れを見ることができる。それは、ジャーナリストとしてのセンスが生きているのでしょう。とにかく、そこにたくさんの時間をかけている。私自身は株式投資をしませんが、彼の行動を見ていると、恐らく他の人よりも株式投資で成功する確率は高いのではないかと思いますね。
誠一 ただ、株式のデイトレードやFX(外国為替証拠金取引)の短期売買にばかり精を出していると、自分の人生にとって本当に大事なミッション、バリューを考える時間がなくなってしまいます。仕事もそうかも知れませんね。だから、自分の仕事とはまったく関係のない人と会う時間を大事にしています。それが最終的に、人脈へとつながっていきます。見えない資産である人脈を作るために、金額で図ることができない「時間」という資本を有効活用する。そこに人生をより良く生きるための要諦があるような気がします。
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