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『古事記』を口語訳した三浦佑之氏とともに日本の神話を文学として読み直す。『古事記』を口語訳した三浦佑之氏とともに日本の神話を文学として読み直す。『古事記』を口語訳した三浦佑之氏とともに日本の神話を文学として読み直す。『古事記』を口語訳した三浦佑之氏とともに日本の神話を文学として読み直す。
口語訳 古事記 画像
『古事記』を大胆に現代語訳した『口語訳 古事記』(文藝春秋、2002年)。
『古事記』がベストセラー!?
私が現代語訳した『口語訳 古事記』(2002年)が最も売れたのはビジネスエリアで、中高年のビジネスパーソンの方々が多く買って下さいました。例えば、八重洲ブックセンターでは、私の本は村上春樹さんの『海辺のカフカ』と、セールスのトップを競い合っていたようです。当初、学生に読んでもらおうと、口語訳をはじめましたから、この反響には大いに驚きました。『「古事記」という名前は耳にしたことはあったものの、読んだことはなかった。こんなに面白いストーリーだとは知らなかった!』と言って下さる方が多かったですね。今思うと、当時「グローバル化」が叫ばれ、何でも均一化されていくような風潮のなかで、自分たちの足元を見直そうとして、日本の神話や歴史が語られている『古事記』を手にとってくれたのではないでしょうか。
神々や天皇の物語がドラマチックに語られる『古事記』は7世紀の半ば頃成立したと推測されますが、そのベースとなっているのは、さらにその200~300年前から口頭で語られてきた伝承だと考えられます。そのような物語を読むことで、自分たちの共同体やアイデンティティを再確認しようとするのは少しも不思議ではありません。
そもそも、神話とは、我々の共同体の根拠を保証するものです。人はなぜ生まれ、生きて、死んでいくのか。現代であれば、医学や哲学が応える問題ですが、古代では神話がそれを教えてくれました。
例えば『古事記』では、人は「草」として語られます。最初に高天原という天上が生まれた直後、地上では、泥のなかから葦が生え出て、ウマシアシカビヒコジという神が誕生する。「ウマシ」は立派な、「カビ」は萌え出す芽を表しますから、「立派な葦の芽の神」という意味です。これが人の誕生を語っていると私は考えています。というのも、別の箇所では、人は「青人草」と呼ばれており、やはり土から萌え出る草として表現されているからです。そうであれば、人とは、土から生える草のように生まれ、そしてまた土に還っていく存在であり、そのように命は循環していくのだという理解を示していると言えるでしょう。湿潤なモンスーン気候の日本列島で生きる人々ならではの発想ですね。そうやって語られると、死や生の不安が和らいできますし、自分が何者か、自ずと分かってくるというものです。
滅びの美学に魅せられて
『古事記』の特徴は、同じく日本の神話を描いた『日本書紀』と比較すると、一層明瞭になります。後者が神話を国家の歴史として、まるで公式文書のように描いているのに対し、前者はドラマを語っていると言えます。例えば、ヤマトタケルの物語です。『書紀』では、父である天皇の命に従って西国に棲む熊襲を征伐する、いわば優等生ですが、『古事記』では、彼は兄を殺害したために父の怒りに触れ、都から追放されて、放浪する物語になっています。熊襲討伐も追放のための口実でしかありません。征西後、東の国々も次々に平定していきますが、神の怒りに触れ悲劇的な死を迎える、そういう結末です。
しかし、その滅びにこそ美を認める、あるいは深い共感を寄せている、それが『古事記』の最大の特徴だと思います。ヤマトタケルの死も「ヤマトタケルの魂はその骸から脱け出しての、八尋もの白い鳥になり、天に翔り……」(『口語訳 古事記』)と、きわめて美しく描かれている。白い鳥になって飛翔する姿から、この語り手の共感の深さが偲ばれますね。
この滅びの美学をさらに盛大に描いているのが出雲神話です。地上の国土を作り上げたオホクニヌシは、高天原から出雲に天降ってきたタケミカヅチに国を譲るように強いられたため、自分のために立派な御殿を作ってくれるのであれば従う、と言って「国譲り」をします。この場面が劇的なのは、これ以前にスサノオからはじまるオホクニヌシの系譜や成長譚、稲羽の白兎のエピソードや国作りをはじめとした神話が延々と語られ、その世界がいかに素晴らしかったかが強調されるからに他なりません。だからこそ、天つ神に屈して、その国を譲る場面で、読者は、例えば栄華を誇った平家が滅び行くときに感じるような哀れみを、オホクニヌシに抱くのです。滅びる者に共感を抱くような語りの構造が、ここにはあります。
このように語り手の視点は、国家の歴史叙述者からは自由な次元にあると言えるでしょう。口語訳するときに、私は世界を斜に見る古老を語り部として導入しましたが、そういう視点を持ち込むことで『古事記』の世界観がとても分かりやすいものになったと感じています。読むことで、我々のアイデンティティを再発見できますし、滅び行く者たちに共感を抱くこともできる。それが『古事記』の醍醐味です。(談)
「この葦原の中つ国は、お言葉のとおりにことごとく天つ神に奉ることにいたそう。」(「国譲りするオホクニヌシ」『口語訳 古事記』より)
三浦佑之(みうら・すけゆき) 画像
三浦佑之(みうら・すけゆき)
1946年、三重県生まれ。成城大学大学院博士課程修了。現在、千葉大学教授。古代文学、伝承文学研究専攻。2003年『口語訳 古事記』で第1回角川財団学芸賞を受賞。その他、『古事記講義』『古事記を旅する』(文藝春秋)など、著書多数。
http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/
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