青山通り沿いに聳える「ワールド」ビル。透明のガラスウォールの向こう側に目をやると、宵闇のなかで白亜の大理石を貫くクリスタルプリズムの光が浮かぶ。LEDが内蔵されたクリスタルは、赤、青、白がそれぞれに混じりあいながら、ときにはヴィヴィッドに、ときには淡く発光する。ライトの光に照らされ、きらきらと美しく輝くのは、ポルトガルで採掘された大理石の細かな粒子。まさにそれ自体が光源のような光の彫刻「光の門」は、田原桂一氏の作品である。
(上)様々に光の色を変えていく「光の門」のクリスタルプリズム。(下)「銀座888ビル」オーナーの根本氏と談笑する田原氏。同ビルに氏がプロデュースした茶室にて。

田原桂一 (たはら・けいいち)
1951年京都生まれ。1972年渡仏。1977年にアルル国際写真フェスティヴァルにおいて、「窓」のシリーズで新人大賞を獲得して以来、フランス写真批評家賞、日本写真家協会新人賞、第10回木村伊兵衛賞、第1回東川町国際写真フェスティバル東川賞、またニエプス賞、パリ市芸術大賞を受賞、フランス政府からフランス芸術文化勲章シュバリエ文化功労賞を受章。
「光の門」を後にして、次に向かったのは、氏がプロデュースして、今年完成したばかりの「銀座888ビル」。東京のスカイラインを一望できる屋上のプライベートガーデンで話を聞いた。
「創ろうと思ったのは、銀座のシンボルになるようなビルです。当初は、斬新なデザインにすることも考えたのですが、銀座という土地柄を慮って、シンプルなものしようと決めた。時代を経ても見飽きないように、クラシックな雰囲気に仕上げる一方で、商業ビルとしての機能性を考慮し、重厚すぎるデザインは避けました」
飽くまで銀座という磁場、それから何よりも商業施設としての用途を踏まえ、そこから何ができるかを考えた。田原氏が抱く美への欲求を忠実に求めた結果、かたちになって現れたものが、「光の門」であるとすれば、機能性というソーシャルな鋳型のなかに、氏のクリエイティビティとサブジェクティビティを溶かし込んで誕生した作品が「銀座888ビル」だろう。
「制作プロセスが異なる『光の門』と『銀座888ビル』を対峙させてみることで、“創ることの両極”を改めて見つめてみたかったのです」と、両作品を今同時に振り返る理由を語ってくれた。
「創ることの両極」。
それは田原氏が写真を始めたときから意識していたことらしい。
「例えば、『窓』の作品群では、自分が撮りたいものを好きなように撮りました。表現したのは、私の心象風景です。一方、ポートレイトは飽くまで私と被写体との関係のなかから生まれるものですよね。そこには他者がいますから、『窓』とは違います。この創作のプロセスは、それぞれ『光の門』と『銀座888ビル』と変わりません。個人的なものがベースとなった作品と社会的なものが関わっている作品。創造にはこの両極があるからこそ、愉しいのです」
青山から銀座へと向かう表現者の胸に去来したものは「表現の手段は違っていても、追い求めていることは、写真を始めたときから何も変わらない」という想いだったのだろうか。次回は一体何を見せてくれるのだろう。