『ディア(Dia)』とは、ギリシャ語で『通り抜ける』という意味だ。
ディア・アート財団が生まれたのは1974年。生みの親は、ドイツのカリスマ・アートディーラー、Heiner Friedrich(ハイナー フリードリッヒ)と、妻のPhilippa de Menil(フィリパ デ メニル)である。
フリードリッヒ氏は、ナチ支配下の破壊の世界を経験し、「永遠なものを作りたい」という強い思いを持つ。その後ヴァンセの『マティスのチャペル』、そしてジョットーが手がけたアレーナ礼拝堂を訪れた体験によって、その思いがアートに結びついた。

Sol LeWitt, detail from Drawing Series—Composite, Part I–IV, #1–24, B, 1969. Installation at Dia:Beacon, Beacon, NY. ©Sol LeWitt.
永遠の文化的、精神的な巡礼地であり、ある特定の場所と切り離すことのできない 一人のアーティストの世界。それがフリードリッヒ氏の理想であり、夢であった。
そんな理想を思い描きながら、60年代、ミュンヘンとケルンにギャラリーを開く。当時、氏の扱うジャッド、デ マリア、スミスソン、ハイツァーのようなアーティスト達は、ギャラリーやミュージアムに収まらない大型プロジェクトに引き付けられていた。
フリードリッヒ氏はそれらの実現のため、公的な資金集めに奔走する。しかし結局ドイツでの試みに見切りをつけ、1971年にニューヨークにやってくる。
コンテンポラリーアートに理解のある私財源を目論んでいたのだろうが、それはすぐに思わぬ形をとって現実となった。ソーホーに開いたギャラリーで、後に妻となるフィリパ デ メニルと出会ったのである。
フィリパの母は、フランスのSchlumberger(シュルンベルジェ、 石油・天然ガスの坑内検層測定会社 )の女相続人ドミニク デ メニル。家族は斬新なコンテンポラリー作品の屈指のコレクター*であり、氏の嗜好ともよくマッチした。

Andy Warhol, Shadows, 1978-79. Installation at Dia:Beacon, Beacon, NY. Collection Dia Art Foundation. Photo: Bill Jacobson.
資金、人脈そして理想的なアドバイザーを得た氏は、強力なパトロンぶりを発揮する。アーティストには生活費を支給し、デ マリア、タレル、ジャッド等の大型プロジェクトを一度に進め、単独アーティストのミュージアムのための不動産物件を次々と購入。アーティストの自由な制作活動を無制限にサポートした。
しかし、80年代に入って逆風が吹き始めた。
まず財団の大黒柱であったシュルンベルジェの株が大暴落、アート界の風潮も変り、ディアが支えて来た70年代の哲学じみた作品が疎まれるようになる。財団は多くの作品や不動産を手放し、まさに身を切り売りしながら冬の時代を過ごす。経営陣も幾度か変わり、その後紆余曲折を経るが、1994年、マイケル ゴバン氏がディレクターに就任し、再び風向きが変わる。
ゴバン氏は70年代の巨人達に再び熱い視線を送り、またディアの精神を理解する資本家を引き入れることに成功。倉庫に眠っていた作品達の永遠の住処作りに動き出す。

前庭からCafe, Museum Shopを臨む。c Ayano Matsumae
そんな矢先の1998年、セスナ機に乗っていたゴバン氏達が偶然見つけたのが、廃屋となっていたナビスコのパッケージ工場であったのだ。
今は6つのサイトの運営の他、他のアート団体との提携、教育、リサーチなど、まさに、アートを世界にDia:(through=通り抜ける)させているが、ディア・ビーコンの各部屋を通り抜けると、まずその厳かさに打たれる。創設者が込めた意味合いは、むしろ、人と永遠なるものを繋げる道、"祈り"だったような気がするのである。
NILEport NY : Ayano Matsumae
東京大学文学部・美学芸術学科卒業。東京で国内外のアパレル、イベント企画会社等を経て、フリーランスライターとなる。現在ニューヨーク在住、アート、ライフスタイル、フード・カルチャー等をカバー。