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Rute de la Plata スペインを縦断する国道N-630号線沿いにもう一つのスペインをみるRute de la Plata スペインを縦断する国道N-630号線沿いにもう一つのスペインをみるRute de la Plata スペインを縦断する国道N-630号線沿いにもう一つのスペインをみるRute de la Plata スペインを縦断する国道N-630号線沿いにもう一つのスペインをみる
国道N―630号線沿いのバーニョス・デ・モンテ・マジョールに、ほぼ当時の姿のまま残る「銀の道」。温泉施設と籐籠細工の街としても知られている。
サフラ セビーヤ通り 画像
古代ローマ時代、メリダへの中継地点として栄えたサフラ。白壁の街並の向こうに教会が見えるセビーヤ通りは地元民の格好の散歩道。夕方の午後7時過ぎ。そぞろ歩きを楽しむ人々で賑わい始める。
サラマンカ 新カテドラル内部 画像
学問の街サラマンカに聳える新カテドラル内部。16世紀の初めから約2世紀をかけて建設された。修復されたパイプオルガンが大聖堂のホールに鳴り響く。
古代ローマ劇場 画像
古代ローマの典型的な劇場の姿を今に伝える「古代ローマ劇場」。紀元前18年に建てられたこの劇場は、約6000人の客席を擁する。
スペインのアンダルシア地方からエクストレマドゥーラ地方を経て、北へと伸びる国道N‐630号線には、デイバッグを背負いひた歩く人々の姿がある。聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼者たちだ。彼らが辿るこの街道こそ、「銀の道」と呼ばれる“もう一つの巡礼の道”なのである。
9世紀初頭、12使徒の一人であるヨハネの兄、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の墓は、星に導かれた羊飼いによって発見されたとされる。この伝説により、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(星の野の聖ヤコブ)と名付けられたこの場所は、レコンキスタの盛り上がりとともにエルサレム、バチカンと並ぶキリスト教3大聖地となり、ヨーロッパ各地から多くの巡礼者がこの地を訪れるようになった。
そのメインルートはフランスからピレネー山脈を越える通称「フランス街道」だが、この「銀の道」もまた、アンダルシアに住むモサラベ達(イスラム教徒の支配下におかれていたキリスト教徒)の巡礼の道として重要な役割を果たしていた。それゆえ、街道沿いには多くの教会や修道院が建設され、そこを中心に都市文化が発展していった。
紀元前139年までそのルーツをさかのぼることができるこの道沿いに築かれた各都市には、古代ローマの遺跡に始まり、ロマネスク~ゴシック~ルネッサンス様式の宮殿やイスラム様式のモスクなどあらゆる時代・文化の建築様式が混在し、その様はまるで建築史の博物館だ。
この「銀の道」の由来も実にカラフルである。「銀が運ばれたから説」をはじめ、「ラテン語のPlatea(公共の道)説」や「ギリシャ語のPlatys(広い)説」。そして「舗装の道という意味のアラビア語がスペイン語のPlata(銀)に聞こえたという説」……。そこにはローマ帝国、イスラム王朝の時代から、レコンキスタを経て世界大航海時代へと至る、この道の長く複雑な歴史が横たわっている。
「銀の道」の旅はセビーヤから始まる。マドリッドから国内線で約1時間、闘牛とフラメンコの発祥の地であるアンダルシア地方の中心都市は、ボーマルシェの戯曲『セビリアの理髪師』、フランスの作家プロスペル・メリメの『カルメン』の舞台としても知られるように、今なお芸術の香り高くロマンティックな街並が魅力。その華やかなセビーヤから北へと伸びる銀の道もまた実に鮮やかだ。
オリーブの木が限りなく続く赤褐色の大地に、降り注ぐ太陽に輝く白壁の家並……。アンダルシア特有の風景を抜けるとセビーヤから約150キロメートル北にあるサフラに到着する。古代ローマ時代にはセビーヤとメリダを結ぶ要地として栄えた、人口13000人ほどのこの街は、“セビーヤ・ラ・チカ”(小さなセビーヤ)とも呼ばれるように、エクストレマドゥーラ地方でありながらアンダルシアの香りを漂わせる。
この街道沿いで、古代ローマの面影を最も色濃く残すのがメリダだ。紀元前25年アウグストゥス帝の命によって創設されたローマ帝国の属州ルシタニアの都は、銀の道の要衝として発展。パルテノン神殿を彷彿させる舞台と大理石の柱が壮大な「古代ローマ劇場」(紀元前18年)を中心に、「ローマ橋」や「ミラグロス水道橋」、街中に突如として姿を現す「ディアナ神殿」など、多くの遺跡が往時の隆盛を物語る。
スペインの“小ローマ”をあとに、エクストレマドゥーラの中心部へと近づくにつれ、風景はいつの間にか白壁の家は数を少なくし、次第に茶色い煉瓦色の壁が目立つようになる。小高い丘の上へと目を向ければ、カセレスの街が朝のやわらかな陽射しの中に淡い赤褐色の塊となって姿を現す。その旧市街は、1986年にヨーロッパで3番目の世界遺産指定都市として登録されている。
カセレス同様、旧市街が世界遺産となっているサラマンカもまた中世の街そのもの。1218年設立のスペイン最古(ヨーロッパで3番目)の大学があり、世界各地の留学生が勉学に励むスペインを代表する大学街だ。この街の起源は、紀元前2世紀にハンニバルによって征服され、その後ローマ人の支配下で交通の要所として栄えたサルマンティカにさかのぼる。トラヤヌス帝の時代に建てられたローマ橋(18世紀に再建築)にその名残を窺うことができる――。
2000年以上にわたり、人と富、野望、そして信仰が運ばれて行った銀の道。この街道はここからさらに北上し、聖ヤコブの眠る聖地へと続く。
サラマンカ市民が待ち合わせの場所としてよく利用するというマヨール広場の時計台の下。スペインで最も美しいとされるこの広場の石畳を、これまで一体何人の人々が踏み歩いていったのだろう。石に刻まれた深い溝は、長くそして変化に富んだ歴史を語り出す。
カセレス 街並 画像
古代ローマの像 画像
メリダの古代遺跡 モザイクタイル 画像
メリダ 国立古代ローマ博物館 画像
写真上:銀の道の中継地として栄えたカセレスの街並。中世の邸宅が並ぶ旧市街は、全域が世界遺産。
下左:家の壁に塗り込められた古代ローマの像。
下中:メリダの古代遺跡から発掘され、修復されたモザイクタイル。
下右:メリダにある国立古代ローマ博物館。古代ローマ遺跡「円形闘技場」や「劇場」から発掘された陶器やモザイクタイル、彫像などが展示されている。荘厳な神殿を思わせる博物館も一見の価値あり。
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