メリダ在住のモザイク職人のメリサさん。メリダで発掘された古代ローマ遺跡の修復なども手がける。「モザイクに必要な技術は、“忍耐力”」。

サフラの旧市街。左下のバルの看板にある「クルス・カンポ」とはアンダルシアを代表するビールのブランド。
石畳の道が夕暮れ色に染まる頃、そぞろ歩きを楽しむ人々の姿で街の目抜き通りは賑わいを見せ始める。「銀の道」と呼ばれる街道沿いの街、古代ローマの面影を色濃く残す古都メリダも例外ではない。グアディアナ川にかかる全長約800mのローマ橋もまた、家族や友人たちとの会話を楽しみながら行き交う人であふれる。街をさまよう人の群れは、午後9時を回った頃にようやく、馴染みのレストランやバル(BAR)へと吸い込まれて行く。スペインの夜は長い。
マドリッドやセビーヤのような大都市にも、サフラのような小さな街にもバルは必ずある。バルとは日本で言う立ち飲み屋風の飲食店のこと。おいしい料理とお酒を気軽に楽しめる庶民の社交場だ。スペインの食文化が凝縮されたスポットと言える。
ビールやワイン、シェリー酒などを片手に人々がつまむのは、タパス(蓋を意味するタパの複数形)と呼ばれる小皿料理である。タパはバルの顔であり、それぞれに自慢のタパがある。片口イワシの酢漬けやスペイン風オムレツ、エビの塩ゆで、パプリカの効いた洋風のモツ煮込み、そして忘れてはならないイベリコ豚の生ハムやチョリソ、ロモなど、実にスペインらしい家庭料理が並ぶ。ビールを1杯注文すると好みのタパを1皿サービスで出してくれる昔ながらの店もある。
読者に馴染みのワインバーや小料理屋があるように、スペイン人にもお気に入りのバルがある。週末の込み合う店内でカウンターの一角が空いていたとしよう。その場所はきっと常連客の指定席だ。しばらくすれば慣れた足取りでやってきて腰を落ち着け、いつものタパとビールを注文し一息つく。そんな紳士の姿を見つけることができるだろう。

カセレスの旧市街。石畳の街に響くスパニッシュギターの調べが旅情をかきたてる。
「銀の道」が走るアンダルシア~エクストレマドゥーラ~カスティーヤ・イ・レオン州。この街道沿いのなだらかな丘陵地帯を走れば、そこに広がるドングリ畑に、黒い点のような黒豚を見つけることができる。スペイン原産のイベリア種と呼ばれる黒豚、つまりイベリコ豚だ。主に南西部の高原に放牧されており、この黒豚から作られるのが、ハモン(スペイン産の生ハム)・イベリコである。この地域のバルでカウンターの上を見上げれば、まず間違いなく天井から吊り下げられたイベリコ豚の生ハムがあるはず。この地域の生ハムの生産量はスペイン随一であり、銀の道はイベリコ豚の道だとも言える。スペインの生ハムには、ハモン・イベリコとハモン・セラーノ(白豚)の2種類があり、日本でもここ数年よく耳にするようになってきたが、同国内で流通する生ハムはおよそ9割がハモン・セラーノ。ハモン・イベリコはスペイン国内でも稀少なものだ。なかでも、ドングリによって飼育されたイベリコ豚の生ハムはハモン・イベリコ・デ・ベジョータと呼ばれ、最高級品とされている。その一大産地であるサラマンカ郊外にある生ハム工場「リカルド・カストロ・マルティン」の社長リカルドさんは言う。
「ドングリをエサにしているかどうかは、食べればすぐにわかる。肉と脂肪のバランスが素晴らしいきめ細やかなサシが特徴。口に含んだ途端に脂肪が溶け、ほのかな甘みが広がる。その旨味をひきたたせるために、塩分の加減が重要なんだ」

サラマンカの名店「Chez Victor」。明仁天皇、美智子皇后両陛下が、皇太子時代に訪れたという。

「イベリコのプルマとオレンジソース」。

「イベリコのピッツァ」。
リカルドさんのお気に入りの食べ方は、「大好きなワインとともにそのまま食べること」とのこと。メロンと一緒に食べる必要のないハモン・ベジョータは、適度な塩気がワインにもパンにもよく合う。
サラマンカ産の生ハムを使ったスペイン料理を食べるなら、サラマンカの中心部、マヨール広場からすぐの「Chez Victor」がおすすめ。地元ファンも多く、また明仁天皇、美智子皇后両陛下が、皇太子時代に訪れたという名店だ。

ヴィクトルさん夫妻。
「イベリコ豚の料理はここでも人気」と言うオーナーシェフのヴィクトル・サルバドーレさんは、フランスで15年間修行し、フランス人の奥様を伴い帰国後、1977年に地元に店をオープンさせた。「イベリコのプルマとオレンジソース」や「イベリコのピッツァ」など、ここでしか味わえないフレンチとスペイン料理のフュージョンが楽しめる。
午後10時を過ぎると、店はバルで小腹を満たした上機嫌の客でさらに賑わい始め、極上のスペイン料理を堪能した客たちは再び馴染みのバルへと足を向ける。美味しいタパと会話を求めて人々は杯を重ね、スペインの夜は更けていく。

スペインで最も美しいとされるサラマンカのマヨール広場。時計台で待ち合わせた人々は夜の街へと消える。

バルはコミュニケーションの場。店内はアルコールの香りがする心地よい喧騒で満たされる。

週末の夜ともなれば、街の広場はワインやビール片手の人々で占拠される。

バルで食事をするなら、さまざまなタパスが楽しめるふたり以上で行きたい。

学生の街サラマンカのバルは、学生らしき女性客の姿も多く、華やいだ雰囲気。

セビーヤ最古のバル。30年間毎日通うという常連客もいる。バル通いはもはや日課だ。

店員の慣れた手つきで注がれるビール。その名は「クルス・カンポ」(荒野の十字架)。

シーズンともなれば闘牛好きや闘牛士で賑わうというメリダのバル。