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Photo:Governors Island Preservation and Education Corporation

 
  
マンハッタン南端からフェリーで8分という距離に、「ガバナーズアイランド」という名の一粒のバロックパールのような形の島がひょっこりと浮かんでいる。近年まで特殊な目的に使用されていて一般人は入ることができず、普通の人々にとってはきわめて影の薄かった島だ。

それが去年から、6月から9月の週末限定で一般公開が始まった。

ほどよい隔離感と豊かな自然が、今静かな評判を呼んでいる。

島行きのフェリー乗り場は、100年前に建てられたボザール様式の「バッテリー・マリタイム・ビルディング」。小さな港だが、日本人の目には東洋風とも映る特色ある外観ですぐそれと分かる。

 
  
フェリーは意外に大きい。「ブォーッ」。汽笛を一発鳴らして出港。右手にエリスアイランドや自由の女神を望みつつ、こんもりとした緑に覆われた島がみるみるうちに近づいてくる。古い鉄のゲートにロープが張られ、人々と自転車がポロポロと吐き出される。石畳の坂道から続く丘には、白いポーチを持った古い屋敷たちがマンハッタンを臨んですっくと建つ。しかし、そのどれもが今や無人である。

これらの屋敷や島内の立派な宿舎には、かつては軍隊や政府の関係者が暮らしていた。ガバナーズアイランドはアメリカ建国前からほんの10年ほど前まで、軍用地として重要な役割を果たしてきた島である。たとえば、島内には廃墟となった3つの要塞がある。そのうちフランス式の優美な五稜郭「フォート・ジェイ」は、アメリカ建国の父、ジョージ・ワシントンが「アメリカ植民地軍最強の要塞」と称えた要塞であり、島の突端に建つ円形の「キャッスル・ウィリアムズ」は、独立宣言の起草者の一人、ベンジャミン・フランクリンの孫、ジョナサン・ウィリアム設計による初のアメリカ式要塞だ。時代が下って1988年、レーガン大統領が旧ソビエトのゴルバチョフ首相と会議を持ったのもこの島である。

 
  
1637年、オランダのガバナー(植民地総督)が個人の楽しみのために、土地所有の概念を持たなかったネイティブアメリカンから、ビーズや斧刃などわずか$24相当の物品と交換に入手したのが「ガバナー」島の名前の由来だ。「ニューヨーク」がまだ「ニューアムステルダム」だった時代である。その後、英国、ニューヨーク市、そして連邦政府と持ち主が移り、1996年に湾岸警備隊が引き払うと、そのまま無人島となってしまった。

2003年、ついにニューヨーク市と州が合同で、島を連邦政府から買い戻した。

 
  
値段はなんと、たったの1ドル。目的はニューヨークの人々に島を返すことなので、あくまでも形だけの値段だ。

さて、島はこれからどうなっていくのだろう?




NILEport NY : Ayano Matsumae

東京大学文学部・美学芸術学科卒業。東京で国内外のアパレル、イベント企画会社等を経て、フリーランスライターとなる。現在ニューヨーク在住、アート、ライフスタイル、フード・カルチャー等をカバー。

   


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